「当世 発電所事情」 一技術者としての関わり

1965(昭和40)年4月5日(月)〜1972(昭和47)年3月18日(土)

 
「火力発電所
右は、関電の堺港発電所です。
低い方の1本煙突は高さが180mで、高い方の2本集合煙突の高さはは200mです。ひとつの煙突が25万kWで、8本で200万kWの発電が可能です。

1号機が1964(昭和39)年12月に営業運転を開始し、最終の8号機は1971(昭和46)年2月に営業運転を始めました。
勤務先の対岸に聳えるこの煙突を毎日、目にしていました。

塗装ですが、航空障害灯を閃光式のものにすれば、赤白塗装でなくてもよいように、航空法が改正されたとのことです。


右は、電気事業連合会のデータですが、火力と原子力の比重が高いことが良く分かりますね。他社受電は主に、日本原子力発電会社と電源開発社からの受電です。
電力会社同士でも必要に応じて融通し合い、発電所の効率的運転に協力しあっているようですが、好ましくない他社受電が行われたことも記憶に新しいですね。

この数字を見ても、東京が全国の約1/3の電力を消費し、 一極集中していることが分かります。かつて、東京を10とすると、関西は6、中部は4と云われていましたが、関西の落ち込みと中部の好調さも現れています。
因みに単位ですが、前の堺港火力が1ヶ月(30日)フル稼働したとすると、200万kW×24h×30日で、14.4億kWhとなります。


現時点での国内の火力発電所の状況は、次ぎの通りです。


「石炭火力」
この表を作る段階で、頭の切り替えが必要でした。火力発電所、昔は石炭を燃料として蒸気を発生させていました。これは間違いのないことです。その後は、石油燃料に変わり、近年は天然ガスへ移行していると思っていました。大筋はこれで良いのですが、実は「石炭火力」が復活してきているのですね。
上の表の48位をご覧下さい。中国電力と東京電力の石炭火力に注目です。三隅発電所は1998(平成10)年に、常陸那珂発電所は2003(平成15)年に営業運転を開始していますが、ともに1基で100万kWの大出力なのですよね。
電源開発の橘湾火力発電所は1基100万kW、隣接する四国電力の橘湾発電所は1基で70万kWと、いずれも2000(平成12)年に営業運転を開始した大出力の石炭火力の発電所なのですね。それと、電源開発の石炭火力は、国内炭、海外炭との表示があり、一般の炭鉱は閉山していますが、32位の竹原火力発電所用の国内炭は何処で掘られているのでしょうね。
そこで、サイト検索を。ネットサーフィンの結果、見つけましたよ。
旧太平洋炭礦・釧路鉱業所が生まれ変わった「釧路コールマイン株式会社」が国内唯一の炭鉱として頑張っているようです。


「直流送電」
新鋭の石炭火力である電発の橘湾火力発電所は、もう一つの話題があります。
発電された電力は、四国・関西・中国・九州の西日本一円に送電されますが、四国から本州への送電に「直流送電」が採用されたのです。徳島県阿南市の阿南変換所から和歌山県由良町の紀北変換所まで(阿南紀北直流幹線)約100km、途中の紀伊水道横断部48.9km(海底部46.5km 陸上部2.4km)の海底ケーブルによる500kV・2800Aの直流送電で、2000(平成12)年6月22日に運転が始まりました。
また、関西側からこの連系線を通じて、四国に電力を供給することも可能になっていて、本四間は、交流500kVの
本四連系線と、合わせて二つの連系線を持つことになりました。
本四連系線は、 四国電力・讃岐変電所(香川県綾上町)〜中国電力・東岡山変電所(岡山県吉井町)を結ぶ500kVのOFケーブル線路で、 瀬戸内海横断部は、瀬戸大橋に添架されていて、1994(平成6)年1回線、2000(平成12)年に2回線目の運用が開始されました。

欧州ではよく使われている直流送電ですが、日本では、1979(昭和54)年に開通した電源開発の北海道と本州を結ぶ「
北本連系線」が最初のもので、25万V・1200Aで、翌1980(昭和55)年に250kVに昇圧されました。
この直流送電(北海道七飯町・函館変換所〜青森県東北町・上北変換所)の距離は167kmで、内陸上の架空送電線は124km、海底ケーブルは43kmとなっています。



    

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作成 平成17年 7 月12日(2005)

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