阪和線高架化の記録    天王寺〜杉本町

2002(平成14)年12月12日(木)

2004(平成16)年10月27日(水)
2004(平成16)年10月29日(金)
2005(平成17)年 6 月24日(金)
2006(平成18)年 6 月16日(金)
2006(平成18)年 6 月21日(水)
2007(平成19)年 4 月11日(水)
2007(平成19)年 6 月 3 日(日)
2007(平成19)年 8 月 2 日(木)
2008(平成20)年 3 月15日(土)
2008(平成20)年 3 月28日(金)
2008(平成20)年 5 月 9 日(金)

2008(平成20)年 7 月 1 日(火)
2008(平成20)年 7 月 7 日(月)
2008(平成20)年 8 月23日(土)
2008(平成20)年 8 月26日(火)



  大阪市建設局の「JR阪和線連続立体交差事業」のページによれば、
  ・踏切をなくして交通渋滞や踏切事故の解消を図る
  ・地域分断の解消や高架下の有効利用などにより、まちづくりにも
   大きな役割を発揮する
  として、
  1981(昭和56)年に都市計画決定され、1984(昭和59)年から
  用地買収を開始し、1999(平成11)年度後半から高架化工事に着手
  したとあります。

  日頃利用する線区ではないため、ものの見事な断続的記録ですが、
  2002(平成14)年のショットから2008(平成20)年3月15日の
  ダイヤ改正時点までは見て頂きたいと思います。
  どうかお付き合い下さい。


工事区間は、阿倍野区文の里4丁目付近から
住吉区杉本3丁目付近の間 約4.9kmです

阪和線は、1929(昭和4)年に阪和電気鉄道が阪和天王寺(現天王寺)〜和泉府中間と、鳳〜阪和浜寺(現東羽衣)を開通させたことに始まります。天王寺駅から文の里付近まではこの開業当時から高架でしたが、それより南は地平でした。駅も、我孫子町が開業の翌年の1930(昭和5)年1月、美章園は翌々1931(昭和6)年6月になっての開業です。駅名も現在のものとは異なるのもあり、当初は停留場で後に駅に昇格したものもあります。


2002(平成14)年12月12日(木)
杉本町→天王寺



杉本町駅構内の南にある阪和貨物線との分岐器


我孫子町付近


長居に到着


途中、端折っていますが、天王寺までをご覧下さい


美章園では警戒現示 発車して直ぐに停止 暫くして「はるか」が・・・




南田辺から見る高架への取り付け勾配部


大和路・阪和連絡線

1989(平成元)年7月22日から、この連絡線を使って
「くろしお」が環状線を経由し新大阪・京都と直通運転開始





1935(昭和10)年頃の杉本町駅



        

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作成 平成20年 5 月10日(2008)

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