0系ひかり 復活運転   JR西日本・新大阪駅

2005(平成17)年3月10日(木) & 4月2日(土)

夢の超特急・東海道新幹線が開業したのは、東京五輪開催9日前の1964(昭和39)年10月1日。その後、「ひかりは西へ」のキャッチフレーズの下に、1972(昭和47)3月15日に山陽新幹線岡山開業、そして1975(昭和50)年3月10日に博多開業となった。

山陽新幹線は新大阪〜博多で、在来線のそれは神戸〜門司。東海道・山陽新幹線は在来線の増線と位置付けられての建設であったが故に、キロ表示が二つある。即ち、山陽新幹線の新大阪〜博多の実キロは553.7km(普通運賃8510円)であるが、営業キロは在来線の644.0km(同9560円)。更に、普通運賃は岩徳線(岩国〜徳山)経由の622.3km(同9350円)を取る。それにしても、68.6km分(840円)を余計に取られていることになる。東海道新幹線では実キロ515.4km(同7980円)に対し営業キロは552.6km(但し、東京都区内〜大阪市内扱いで東京〜大阪の556.4km 何れも同8510円)。これもその差分の37.2km分(530円)を余計に取られている。
初っ端からの脱線序でに、東京〜大阪の直線距離は凡そ400kmであるが、世のお利口さん達は、甲子園球場の何倍の広さや東京ドームの何倍のと同じように、500キロ超の距離を説明するのに、東京・大阪間の距離に匹敵しますと宣っている。東京からの500kmは岡山の少し手前の備前市辺りである。

さて、この山陽新幹線、半分以上が隧道の中を走っており、突貫工事を余儀なくされての手抜きが行われた個所が多くあって、コンクリート剥離が多発したことは記憶に新しい。


そんな山陽新幹線ではあるが、本年(2005)、開業30周年を迎え、JR西日本では、『0系ひかり』の復活運転を行うこととなった。
その運行表は以下であるが、下りの運転は5回あるが、上りは開業記念日の3月10日のみ。そこで、3月10日に上りの到着を撮り、下りは最終日の4月2日の出発をと計画した。

下り「ひかり345」
新大阪 岡山 福山 広島 小倉 博多
  09:08着 09:28着 10:03着 11:02着 11:22着
08:15発 09:09発 09:32発 10:04発 11:03発  
運転日 3/10(木)・19(土)・20(日)・26(土)・4月/2(土)

上り「ひかり340」
博多 小倉 新山口 徳山 広島 福山 岡山 姫路 新神戸 新大阪
   09:59着 10:28着 10:44着 11:19着 11:49着 12:20着 12:46着 13:05着 13:20着
09:39発 10:00発 10:29発 10:50発 11:20発 11:58発 12:21発 12:47発 13:06発  
運転日 3/10(木)


運転列車の編成は、残念ながら6両(R編成)で全車指定。喫煙車は1号車のみ、3号車はビュッフェ付き(非営業)車両とのことであった。



ひかり340
2005(平成17)年3月10日(木)







20番ホーム 只今の時刻は13時05分
15分に広島行きの「こだま661」が発車
その後、「ひかり340」大阪止が到着する
「列車がきます。
ご注意ください。」の表示
広島行きの「こだま」が入線して来るようだ


西側から入線して来た「こだま」用回送
隣にいるのは何系だか、分かりますか


広島に向け出発する「こだま661」



広島行きのこだまを見送って3分後・・・



アイボリーホワイトに身を包んだ0系が・・・

1964(昭和39)年春、大阪地区の初試運転時
阪急・大山崎駅付近で初めて見た新幹線のことを
思い出しました 象牙色が目に焼き付いています







博多から到着した「ひかり340」





いい顔をしていますね!!
やっぱりこの色ですよ、この色


回送発車が何時なのか、気にしながら・・・















1号車


3号車


5号車


2号車


号車


6号車





赤色から白色に変わりました




回送発車の時間が迫ってきました



20番線を出て行く0系







      


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作成 平成17年11月18日(2005)

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