さよなら100系・二階建新幹線   東海道新幹線・新大阪駅

2003(平成15)年9月16日(火)



東海道新幹線は2003(平成15)年10月1日から、今までの「ひかり」中心のダイヤから『のぞみ』中心のダイヤへと大きく変貌した。今を去る39年前のこの日、時は1964(昭和39)年。あの東京五輪開催の9日前、『夢の超特急』は現実のものとなった。東海道新幹線の開業である。


39年前の9月30日、この日を最後に新しい鉄道にその使命を譲る東海道本線の特急「はと」に京都から大阪まで乗車した。普通乗車券だけで特急に乗ったので、車内で特急券を購入。車掌さんから車内補助券を受け取ると、「今日は東京でも、横浜や熱海までご乗車の方等が沢山いらっしゃいましたよ。東京−熱海間の特急券です。記念にどうぞ」と切符を下さった。「ありがとうございます」「運転台に行ってみませんか。ご案内します」「えっ、本当ですか!?」「どうぞ付いて来てください」と。言われるままに後方へ歩を運び、最後尾の運転室に案内してくださった。
151系、あのボンネット特急の運転台。カレチさん(旅客列車長=リョッシャョウ 貨物列車の場合は、荷物のを取って、ニレチという)は左席(東海道線下りの山側)、わたしは右席(同海側)に。いろいろなお話をしているうちに、新大阪駅を通過。その時、「ファ〜〜ン」とタイフォンが。何とタイミング良くと思ったら、体の向きを変えようとしたわたしの足が 床にある警笛ボタンを踏んでいたのであった。
運転台の窓際には、造花ではあったが、田町電車区の皆さんから「長い間ご苦労さま 行ってらっしゃい」とのメッセージが添えられた可愛い花束が飾られていた。「この電車もあちこち傷んでましてねぇ。本当は全てを補修して送り出してやりたいのですが」。

151系電車特急は、ビジネス特急「こだま」として1958(昭和33)年11月1日のダイヤ改正で、初めての電車特急20系として登場し、後に車両形式表記の変更によって151系と呼ばれるようになった。客車特急の「つばめ」「はと」「さくら」は東京−大阪間を蒸気機関車時代は8時間、電化完成後は7時間半で結んでいた。この「こだま」は大阪を7時に出発し、東京に13時50分着の6時間50分で結び、東京発16時、大阪着22時50分で、東京滞在2時間10分ではあるが、初めて東阪間の『日帰り』を可能とした。一ヶ月前の10月1日、一足早くブルートレイン(寝台特急の愛称)も初登場した。あの20系固定編成客車寝台列車「あさかぜ」である。後に「つばめ」「はと」も電車特急化され、6時間半で東阪間を走破し、日本経済発展の一翼を担った。新幹線開業後は、1975(昭和50)年の山陽新幹線博多開業まで、山陽線特急として新大阪−博多間で活躍した。ビジネス特急「こだま」の成功は東海道本線のみならず、全国の電化区間で電車特急網構築に寄与し、「L特急」に発展して、現在に至っている。
書き始めると切がないのでこの辺りで、話を戻すことにしよう。

運転台にはそのまま大阪駅到着まで乗せていただいた。流石に、下車まで乗務員扉からはしなかったが。


翌10月1日午前6時、新設された東京駅新幹線ホームから、多くの国鉄関係者、見物客、報道陣などに見送られ、タイフォンの音も高らかに0系新幹線・H2編成は、滑るように走り出した。4時間後の10時丁度、新大阪駅に定時到着。TBSの一番列車同乗レポーターは確か岡部冬彦さんとペギー葉山さん。そのホームに若き日のわたしがいた。


それから39年。東海道新幹線は大きく変わろうとしていた。17番目駅としての品川駅開業と今までの「ひかり」中心ダイヤから、「のぞみ」中心のダイヤへの変更である。(18番目の駅として、京都−米原間に栗東駅が予定されている)

そして、この「のぞみ」中心ダイヤの実現は『100系』の引退なくしては実現しないのであった。ダイヤ編成上一番効率の良いのは、どの列車も駅間を同じ速度で走ること、即ち、スジ(ダイヤ)を引くと平行線になることであり、これを平行ダイヤと呼んでいる。

開業時に走り始めた「0系(最高時速210km)」は1999(平成11)年9月18日を最後に既に引退していたが、最高時速220km走行の『100系』は、東海道の線路規格の最高時速270kmで走行できる「300系」「500系」「700系」にとっては、この平行ダイヤ実現のためには邪魔ものでしかなかったのである。

100系には、1985(昭和60)年3月(国鉄時代)に登場した食堂車タイプのX編成、JR東海から1988(昭和63)年に登場したカフェテェリアタイプのG編成、そして、JR西日本から1989(平成元)年3月に登場した2階建車両4両のV編成の「グランドひかり」の三種類がある。
X編成は9000番台の試作車として7編成が登場したのみ。2002(平成14)年11月のV編成「グランドひかり」の引退で、残るはG編成のみであった。





10時40分、到着40分以上前の23番ホームは未だ閑散としている


さよなら 100系、その列車は「ひかり309」
東京08:30発、新大阪11:23着


22番ホーム端で入線を待つマニアたち


23番ホーム端は既にマニアで一杯
隣の25・26番ホームに移動し、
25番ホームの端に場所を確保した



最後の雄姿を見せた見せた100系G編成


23番線に入線するG49編成


カフェテリアタイプの二階建車両


長い間、ご苦労さま!!


終わり間近な「Last Run」





25・26番ホームを降りて・・・
ひかり309から降りてきた人も見える



23・24番ホームを素通りし、今度は21・22番ホームへ




最後尾車両の引退記念ロゴ


「新幹線は新時代へ」
品川駅開業と、「ひかり」中心から「のぞみ」中心へ


22番ホームからの眺め 左が1号車方向、右が16号車方向


見納めの二階建車両


1号車の引退記念ロゴ


100系の凛々しい顔立ち


鳥飼基地への回送間近
23番ホームはマニアで溢れている そして、22番ホームは・・・

到着した23番ホームでは引退の式典が行われている
マニアのざわめきでスピーカーからの声もかき消さる
写真を撮ろうとする人たちが、JR職員を押すように
ホームに身を乗り出そうとし始めた いよいよお別れ
「長い間ご苦労さまでした」そして蛍の光が流れ始め
タイフォンの音が長く響き渡りゆっくりと動き始めた


ホームに溢れる惜別の放列


赤いランプが・・・


さよなら 100系




V編成「グランドひかり」の引退の模様も是非ご覧ください
「鉄道と船」の『グランドひかり(平成14年11月)』です




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作成 平成15年10月 5 日(2003)

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