東亜国内航空のYS-11 奄美大島・徳之島・沖永良部・奄美大島

1973(昭和48)年10月





もう、四半世紀以上も前のこと。当時、新婚旅行のメッカは宮崎。そして、余裕のある人たちがハワイへ出かけ始めた時代であった。在り来たりの宮崎は面白くないし、ハワイはこれから出かけることもあるだろうし(まだ実現していない)、滅多に行くことのないであろう所に、が二人の一致した考えであった。

そこで、あれこれと思案した結果、「海外へ行こう!」と決めたのが『徳之島・沖永良部』。こじ付けだが、本州に住んでいる二人にとって、外国ではなく、海外なのだ(笑)。
時として遅い台風が奄美群島を・・・ こんな心配もあったが、さあ、当日は・・・

伊丹発着4泊5日の旅行は、当時のお金で(記憶の彼方ですが)10万円ぐらいだった? いやぁ、どうだったかなぁ!?

奄美大島からの距離


鹿児島   383km


大阪  約1000km

東京  約1400km

沖縄    346km

北海道 約2300km

台湾   約900km

比国  約1700km


大阪から奄美大島まで約1000km。徳之島・1100km、沖永良部・1200km。
正に「海外」ではある。                             


20日(土)午後、大阪・難波のホテル南海で式・披露宴。確か夕方からは雨が降ったり止んだりだった。夜は24時近くまで真新しいロイヤルホテルで友人たちとワイワイがやがや。


明くる21日(日)朝早く、肥後橋の大阪グランドホテルからタクシーで、大阪万博(昭和45年)開催時に装いを新たにした伊丹へ。正式名称は「大阪国際空港」。現在と同じ、一番北のTDA(東亜国内航空=現JAS・日本エアシステム)の搭乗口で待つこと暫し。
「東亜国内航空771便で奄美大島にご出発の皆さんにご案内いたします。お年寄り、お子様連れ、新婚旅行の皆さんに先にご搭乗いただきますので、搭乗口までお進みください。その他の皆さんは今暫くお待ちくださいませ」。多分このような内容の案内であったと思う。1階のカウンターで手荷物を預け、搭乗券を手に。この搭乗券、行き先・便名は記載されているが、座席番号の記載はなく、自由席。歩いて飛行機に近付き、タラップ登って先に機内に入った我々は、エンジン音から逃れようと、主翼と最後部座席との中間辺りの右席を取った。
今からすれば誠に残念なことであるが、写真を一枚も撮っていない。誠に悔やまれる!!

当時、TVのCFでは「東亜国内航空のスチュワーデスはとても優しいお姉さんです!」がキャッチフレーズとして流れていた。


機は定刻9時10分にランプアウト、32Rから・・・ と書きたいだが、もう忘却の彼方。20日夜からは時折雨で、奄美大島までの3時間のフライトは、雲が多かった。


奄美大島北端
機は右から左に向かって飛んでいます
このままRWY21に進入です




降機時に写した乗員名札
(拡大写真はこちらです。お名前は・・・)




(拡大写真はこちらです)
TDA771便 09:10伊丹発 12:05奄美大島着
雨上がりの奄美空港での、JA8713 いぶすき


某AL誌の2001(平成13)年9月号によれば、この機体は、1968(昭和43)年7月に日本国内航空に新規登録されたYS-11A-307型で、71(昭和46)年5月東亜航空と合併と同時に改修され、東亜国内航空所属のYS-11A-600型となった。75(昭和50)年1月、登録抹消されている。
なお、2代目いぶすきは、76(昭和51)年6月に全日空からのリース機JA8660が襲名。
77(昭和52)年12月、新規登録されたJA8805が三代目を襲名。2代目は全日空に返却された。
 
(追記)このページをご覧くださったJASのFY機長が「行きは後ろ乗りの珍しいYSに乗られたのですね。数機しかありませんでした。」と井戸端会議室に書き込んでくださった。「エッ、ちょっと待って!後ろ乗り!?」。急いで写真を見直しました。上の写真と後から詳しく出てくる右の写真を比べてみると、「なるほど、なるほど!!」。上のいぶすきは、主翼の左、胴体下に黒いものが。アップしてみると分かりますね。確かにタラップが見えます。全く覚えていません。そうすると、乗員名札は何処にあったのだろう!? 前方? それとも後方? さらには、坐った場所も怪しくなってきた。右席に坐っていることは奄美進入写真で間違いはない。しかし、前なのか、後ろなのか? やはり、30年近く前のこと、忘却の彼方ではある。また、全日空からのリース機JA8660については、「8660はエレベーターが重く厄介な飛行機でした」と。このあと出てくるYS機についても「どのYSも操縦したことがあり、いろいろな思い出がよみがえって来ます」と書いてくださいました。FY機長、ほんとうに有り難う御座いました。


さて、いぶすきは40分の駐機の後、12:45奄美大島発・14:10徳之島着のTDA565便となる。この時、元の席に坐ったのかどうか? 85分のフライトも雲が多かった。
徳之島空港は島の西側の海岸沿いに。機は雲を突き降下、珊瑚礁の紺碧の海がぐんぐん迫る。大阪では見たことのない海の色に感嘆。機はRWY19に滑り込んだ。


さあ、これからどうしよう!? 宿は島の東海岸中央にある亀徳港近くの「徳之島観光ホテル」。タクシー乗り場には観光タクシーが何台か停まっている。新婚旅行と分かる二人を何人かの運転手が見ている。どうなるか分からないが、そのうちの一人に声を掛けた。「宿は亀徳で、明後日の朝、船で永良部に。」とでも言ったのだと思う。「それなら、お供しましょう。値段は・・・」。その値段、幾らだったかなぁ? 全く覚えていないよ。少し年配の親切な運転手さんだった。そう、お昼はどうしたのかしら? 機内食なんて出なかった思し、奄美でも短い時間だから食べていない。徳之島についたのが午後2時過ぎでしょう。食べたのかなぁ。食べてないのかなぁ?


        

旅立ち  徳之島  えらぶ@ えらぶA 奄美大島 伊丹へ

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